「生類憐れみの令」の使い方や意味、例文や類義語を徹底解説!

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生類憐れみの令(しょうるいあわれみのれい)

「生類憐れみの令」とは「徳川綱吉が制定した動物愛護の法令」です。犬好きとして知られる綱吉は自分が生活する城内で100頭もの愛犬を育てていたそうで、そこから「犬将軍」と呼ばれ現代の「愛犬家の走り」にもなる人物でした。そんな「犬将軍」が命じた動物だけでなく捨て子や病人や老人も大切にする命令に背くと、死刑や追放という厳しい罰が待っていました。

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生類憐れみの令の意味とは

「生類憐れみの令」の意味は以下の通りとなります。
 (1)江戸時代前期に江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉が、主に動物愛護を目的として出した法令の総称。
 (2)動物愛護と社会に仁愛の精神を育む目的で江戸時代に制定された「生類を憐れむ事」を趣旨とした法令の通称。
”生類”は「命ある者」「生き物」、”憐れみ”は「可哀そうに思う心」「慈悲」「同情」、”令”は「命令」「法令の略」「明治時代初期の府や県の長官」で、生き物に慈悲を与えるという現代の法律に当てはまるのが「生類憐れみの令」です。これは江戸時代前期にあたる1685年から1709年までの24年間にわたって第5代将軍・徳川綱吉が動物愛護を趣旨として発せられた法令で、まず最初は法令が出される前の1682年に犬の虐殺者を死刑にするのが始まりで、その後は1685年に馬の愛護令が発せられてからは様々な関連する法令が頻発されました。当初は動物愛護が柱でしたが、捨て子や病人に高齢者と憐れむ対象を拡大した事で庶民の間には混乱や不満も広がり、最終的には悪影響の方が大きかったとなっていますが、現代においては動物愛護の元となる「動物への殺生を禁ずる法令」をいち早くつくり導入した人物として再評価されています。ちなみに「生類憐れみの令」は法令の総称であり、また便宜上の通称として使われ、24年間では関連する法令が100回以上も出されたそうです。それもあって綱吉亡き後の第6代将軍・家宣はその座に就くと即座に「生類憐れみの令」を廃止しました。

生類憐れみの令の由来

「生類憐れみの令」は前述した通り江戸時代の第5代将軍・徳川綱吉によって制定された法令で、「生き物を大切にすべき」として1682年10月に「犬殺しは極刑」にしたのが始まりです。正確にはこれを始まりとするのは異論もあり、正式に発令された1685年からを「生類憐れみの令」の開始期間とされています。

生類憐れみの令の文章・例文

例文1.現代においてペットの飼い主は生類憐れみの令の精神が宿っているが、YouTubeやTikTokなどの動画サイトやSNSが廃止されれば、自己顕示欲を満たす為にペットを利用する大半が飼育を放棄して野良犬や野良猫が増えるだろう。
例文2.生類憐れみの令を命じた綱吉は肉食ではなくベジタリアンだったのか気になる。
例文3.大量殺人犯ほど動物を溺愛する心を持ち合わせていたり、部屋を徹底的に綺麗にする潔癖症だったりするので、過度な動物愛護の生類憐れみの令も実は気持ち悪いものだ。
例文4.現政権の庶民生活を無視した増税ラッシュもある意味で、生類憐れみの令に通ずる空気が全く読めずに自分達の思い込みで進める愚策という共通点がある。
例文5.生類憐れみの令は虫ですら殺してはならないという天下の命令だが、背いた者は即座に殺していたらそれこそ半グレ連中も驚くほどの無茶振りとしか言いようがない。
「生類憐れみの令」を使った例文となります。

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生類憐れみの令の会話例

  • 腹減ったなー。

  • さっきご飯食べたでしょう?

  • それは食べたけど…、うちのご飯はまともなオカズがないし量も少ないだろ。だいたい、なぜ犬には高級ペットフードを食べさせて、俺たちがひもじい思いをするんだよ。

  • あなたは生類憐れみの令を知らないの? うちはペットファーストで何でもワンちゃんを最優先って決めたでしょう。

生活が苦しいながらも愛犬を育てる夫婦の会話です。

生類憐れみの令の類義語

「生類憐れみの令」の類義語には「動物愛護」「動物愛護管理法」「鳥獣保護管理法」「児童福祉法」「老人福祉法」「患者の権利」などの言葉が挙げられます。

生類憐れみの令の対義語

「生類憐れみの令」の対義語は厳密にはありませんが、現代に解釈して強いて挙げるなら「動物虐待」「ハラスメント」「心理的虐待」「小児虐待」「育児放棄」などの言葉が挙げられます。

生類憐れみの令まとめ

以上が徳川綱吉が生き物にも人間と同等の価値があるとして大切にするように命じた法令「生類憐れみの令」です。これまでは野良犬などを雑に扱っても幕府から処罰される事はありませんでしたが、ある日を境に突然動物愛護をするよう求められ庶民は大変困惑したと想像できます。しかし、時代を先取りし現代にも通ずる精神として礎を築いたのは間違いなく、だからこそ再評価もされています。

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