維新の三傑

大河ドラマでも西郷隆盛を題材にした「西郷どん」の放送もあり、また注目を集めている明治維新の時代背景や歴史、文化ですが、その当時、近代日本の礎を作った偉大な三人の男がいました。今日はその偉大な三人についてです。

維新の三傑の意味とは

維新の三傑とは薩摩の西郷隆盛と大久保利通、長州の木戸孝允の3人を合わせて呼ばれているもの、明治維新の動乱期に特に著しい働きをし、討幕・維新に尽力しました。
薩摩藩の西郷隆盛は尊王攘夷や討幕運動の中心人物であり、江戸城の無血開城を成功させました。征韓論での対立や西南戦争など不遇の時もあり、死後に名誉が回復されました。
薩摩藩の大久保利通は王政復古の大号令などでも政治的な根回しに長けており、また私財を投じて事業を支えていました。西南戦争では故郷の士族と戦う苦渋の選択をし、西南戦争の翌年暗殺されました。
長州藩の木戸孝允は高杉晋作亡きあとの長州の実質的指導者であり、版籍奉還、廃藩置県や五箇条の御誓文など今の日本のシステムに繋がる重要な役割を果たしています。

維新の三傑の由来

維新の三傑は1884年に山脇之人という作家が書いた『維新元勲十傑論』という本の中で明治維新を実現させて明治政府の樹立に尽力した人物をあげています。そこから特に功の大きかった三人の西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允が維新の三傑となったのが由来であると言われています。

維新の三傑の文章・例文

例文1.維新の三傑は明治維新に尽力した3人の事である
例文2.広沢真臣も生きていれば維新の三傑に入っていた可能性がある
例文3.維新の三傑が近代日本の発展に大きく寄与した
例文4.明治政府の発展には維新の三傑の知力・先見性が重要であった
例文5.維新の三傑に坂本龍馬がいない事は土佐の人の大きな不満である
明治維新の時代には広沢真臣という長州の指導者がいましたが、早世した事で維新の三傑に入る事はありませんでした。坂本龍馬も早世した事で、当時は評価が高くありませんでした。司馬遼太郎の「龍馬がゆく」で一気に知名度を得たと言ってもいいでしょう。

維新の三傑の関連語

維新の三傑の類義語としては、維新の十傑があります。
他の7名は岩倉具視、小松帯刀、広沢真臣、大村益次郎、前原一誠、江藤新平、横井小楠です。

維新の三傑まとめ

明治維新の時代については、大河ドラマや歴史ドラマでも題材にされる事が多く、今なお高い人気を誇っています。維新の三傑は近代日本の発展の基礎を作った人物達ですから、しっかり覚えておきましょう。

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