自分の意思を持って付和雷同にならない

付和雷同(ふわらいどう)

周囲には様々な種類の人間が居ます。当然性格もそれぞれであり、中には自分の意見を持たずにすぐ人の意見に賛同する人も、居る事に気が付きます。そのような人の事を「付和雷同する人」といい、傍から見れば良くも悪くも要領がいい人なのです。ここでは「付和雷同」についてより詳しい意味や、用例について詳しく解説します。

付和雷同の意味とは

付和雷同(ふわらいどう)は、自分のしっかりした意見がなく、他の人の言うことにすぐに同調することを言います。自身の意見で他の人に合わせていくのではなく、その場その場に応じて他人の意見に同調するばかりであることをいい、節操なく意見を合わせていくような性格を指した言葉です。

付和雷同の由来

元は漢文からきている言葉で「雷同」という言葉は「礼記」を始めとする漢文の古典に登場します。
「付和」は特に意見を持たないまま、すぐ他人の意見に従うことをいい、「雷同」は雷が様々な場所に鳴り響くことから、疑う事無く相手に同調してしまうことを指しています。文字を細かに見ていくと、自身に強い意見がなく人に従っている人が、疑うこと無く誰かに同調してしまう事を表していることがわかります。

付和雷同の文章・例文

例文1.あの人は付和雷同する人なので、意見を聞くだけ無駄だ
例文2.付和雷同して生きていく方が楽だ
例文3.付和雷同するばかりで意見を言わない
例文4.すぐに付和雷同してしまう人しか居ないのか
例文5.彼は付和雷同的な性格をしている
付和雷同を名詞として使う場合と、動詞として使う場合があります。「付和雷同する」「付和雷同して」と動詞として使う方が使用しやすいという特徴があるので、使用するのが不安な場合はなるべく動詞になるような使い方に変えるとわかりやすくなります。

付和雷同の類義語

付和雷同の類義語としては、「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」「雷同付和」「尻馬に乗る」といった言葉があります。良い印象がある言葉ではありませんが、経済用語「当たり屋につけ」に関しては、教訓を強く持っている類語です。必ずしも誰かに同調するだけというのは良いことではありませんが、時には強いものに同調して行くことも一つの道であるとも言えます。

付和雷同まとめ

付和雷同して世の中を渡っていくことは、けして悪いということではありません。しかしあまりに他人の意見に流されてばかりだと、気がついたら信用を失っていたということもあります。時には付和雷同してその場を乗り切ることも大切なことではありますが、常に他人任せの人生というのも、つまらないものです。

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