二九の十六

二九の十六とは、何とも不可解な言葉だと思うことでしょう。二九を掛け算だと考えると、その答えは十八でないといけません。ですが、相場や投資の世界では、この言葉で合っているのです。

二九の十六の意味とは

二九の十六の意味は、相場取引や投資は思った通りにはいかない、少しだけ間違える(銘柄の選択、買い時、売り時など全てに共通して)ことも多いものだという意味です。
十六が二×九の掛け算の正解から少しだけ離れていることが、ピントが多少ズレているという意味になることからそのように呼ばれ、相場取引や投資に慣れている人だと、略して「十六」とだけ使う場合もあります。

二九の十六の由来

この二九の十六という言葉の由来は、ニ×九(掛け算)の答えが十六だというのは、もちろん間違っていますが、それほど大きくは離れていないという点がポイントとなっています。
十七や十九でないところが正にそれで、それでは惜しかった、正解に限りなく近かったという意味まで暗に含まれてしまいます。しかし、十六と遭えて正解から2つほど離していることで、そこまで大きくはズレていないが、正解まで少し間があるという絶妙な表現になっているのです。
ただし、相場や投資の世界だからこそ、ここまでに挙げたような意味で通じる言葉なので、一般の会話ではまず使えません。それこそ、何を言っているのかと思われてしまうので注意してください。

二九の十六の文章・例文

例文1.このところ、何に投資をしても二九の十六状態だ
例文2.二九の十六とまではいかないが、あまりうまくいっていない
例文3.あんな無茶な買い方では、二九の十六どころではないだろう
例文4.自分では自信があったのに、二九の十六だと言われてしまった
例文5.二九の十六にならない為には慎重に銘柄から見極めよう
上にも書きましたが、実際には「十六」とだけ使うことも多く、”それじゃ十六だろ?”などと相場や投資についての会話で聞くことがあります。

二九の十六の類義語

二九の十六の類義語で意味も全く同じなのが、「二九の二十」です。この言葉は、十六を二十にしただけですが、同じく正解の十八から2つ離れており、相場取引や投資に慣れていることをアピールする為に、遭えて十六の方ではなく、こちらを使うことがあります。
ですが、特に若い人が無理に二九の二十などと言ってしまうと、逆効果になる(無理に使っている、実はそれほど経験がないと分かってしまう)ことも多いので、こちらはあまり使わない方がいいでしょう。

二九の十六まとめ

二九の十六とは、惜しいとまではいかないながらも、それほどはズレていない、しかし、ピントが少々合っていないと思われる相場取引や投資に対して使う言葉です。
色々な画面で使うことができる言葉なので、それらの世界に詳しい人と話をすると、すぐに聞くことができるでしょう。

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