雲泥の差

皆さんは「故事成語」をご存知でしょうか? 若い方で知らない人でも、実は普段の日常会話で何気なく使っているので安心して下さい。疑心暗鬼、蛇足、漁夫の利などが故事成語ですが、その中には「完璧」も実は含まれています。普段使う言葉の多くは、中国が由来の言葉というものが含まれ、それが「故事成語」です。
今回はその中で、同じように日常生活で用いられる「雲泥の差」を解説します。これは何となく、大きな違いがある時に知らずに使いますよね。大金持ちと庶民の生活を比較する時など、「我が家とは雲泥の差がある」と心の中で思うものです。

雲泥の差の意味とは

雲と泥ほどの差という事から、大きな差や違い、さらに天と地ほどの差という過大な表現方法として用いられる事も多いです。どちらかと言うと、現在の日本では多少の違いでもオーバーに表現する際、または本当にとんでもなく差がある時に、「雲泥の差」と使われます。
また、雲の存在である優れている方が使うと嫌味になるので、その殆どは泥である下の立場が、尊敬や比喩、または皮肉を込めてしばしば使います。

雲泥の差の由来

中国後漢朝の歴史書「後漢書」には、山中で暮らす呉蒼という人物が尊敬する矯慎に手紙を送り、そこには”雲泥”が登場する一文があり、これが由来とされます。中身は以下の通りで、「先生と私では、片や雲に乗り片や泥の中を這いずり~(以下略)」。この手紙では、自分の現在の生活が泥の中で下と例え、尊敬する先生は雲の上の人だと崇めています。
諸説あるので、他の由来としては、中国の中唐時代の詩人である白居易が、「傷友」という詩の中で書かれた一文が語源という説もあります。また、日本最古では菅原道真の文集に登場するとされます。

雲泥の差の文章・例文

例文1.社長と平社員では生活に雲泥の差がある
例文2.営業成績トップと私では雲泥の差が出てしまった
例文3.東京と地方では生活水準に雲泥の差がある
例文4.雲泥の差があるがそれでも家族の為に頑張る
例文5.友人はモテるが、私はまったくモテない。雲泥の差とはまさにこの事だ
これら以外にも、北海道と沖縄の気候違いを表現したり、物価違い、華やかな生活を見た時など、使い方は千差万別となります。あまり皮肉めいた使い方はしない方が望ましいでしょう。

雲泥の差の類義語

雲泥の差の類義語には、「月とすっぽん」「雲泥万里」などの言葉が挙げられます。

雲泥の差まとめ

雲泥の差には、その言葉通りに、両者を比較して大きな違いがある時に使います。元々は中国からの故事成語で、それが自然と定着しました。上手に使うと会話を弾ませますが、あまり乱発すると皮肉にも聞こえるので注意しましょう。

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