牛に経文とはまさしく言い得て妙だ

牛に経文(うしにきょうもん)

牛に経文とは、いくら言い聞かせたとして意味のないことです。相手が話を聞く気がなかったり、そもそも話を理解できなければ、いくら言い聞かせたとして無駄になってしまうのです。今回は、そんなときに使われる牛に経文について意味、由来、使い方、類義語などを合わせてみていきたいと思います。

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牛に経文の意味とは

牛に経文の意味は、いくら言い聞かせたとして意味のないことです。牛には、経文がわからないのでいくら説こうとも理解できないため、無駄ということになります。また、効果や効き目がないといった場合にも使うことができます。

牛に経文の由来

牛に経文はその名の通り、牛に経文を聞かせたところで理解できず、意味のないことに由来しています。

牛に経文の文章・例文

例文1.基礎知識のない人に、いくら専門的な知識を教えたところで牛に経文である。
例文2.こんな簡単なこともわからないの。それは、もう牛に経文と言われても仕方がないわよ。
例文3.こんな価値ある話を聞けて僕は嬉しいと思っていたけれど、彼にとっては退屈な時間だったみたいだね。牛に経文だね。
例文4.一度意見を決めると彼は何を言っても、考えを変えないので今更アドバイスをしたところで牛に経文である。
例文5.牛に経文というように、この薬を使ってみたがまるで症状が治まらないし、効果を感じない。
これらから牛に経文という言葉は、言い聞かせても無駄なこと、効果がないことを表すには最適な言葉です。

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牛に経文の会話例

  • 質問者アイコン

    彼には、いつも授業中には飲食を慎むように言っているだけどね。やめてくれなくて困っているんだよね。

  • 回答者アイコン

    そんな生徒がいるのかい。周りのルールを守っているのに生徒にも迷惑だし、可愛そうだね。

  • 質問者アイコン

    うん、授業態度が悪いことについては今度の三者面談で親に伝えようと思っているよ。

  • 回答者アイコン

    それはいいと思うよ。牛に経文とはまさにこのことだね。生徒も改心してくれるといいんだけどね。

これは、牛に経文な生徒について話している様子です。

牛に経文の類義語

牛に経文の類義語には、「牛に対して琴を弾ず」「牛に麝香」「犬に論語」「兎に祭文」などがあります。

牛に経文まとめ

今日は、多くの情報で溢れていますが、どんな価値のある情報でもその人が求めていなければ、意味がないのと同義です。だからこそ、今日はその人が欲しい情報を簡単に得られるように過去の検索データを利用して嗜好にあったものが推薦されるようになっているのです。人に何かを伝えたいときも同様で、その人が興味を持てるような話し方をできるといいと思います。

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