弱り目に祟り目

人生生きていると、楽しいこと・笑えることばかりでは無いものです。ときには涙を流したくなることやイライラする日・曇り空の日も訪れるからです。今回ご紹介する「弱り目に祟り目」はそんな人生の浮き沈みをあらわした言葉です。小説の一節によく登場する言葉ですが、いったいどんな意味があるのでしょうか。味わい深い言葉を知って、文学の世界に酔いしれてみてください。

弱り目に祟り目の意味とは

弱り目に祟り目とは苦労しているときに、さらなる不幸が訪れる悲しい言葉です。心が疲れているとき、体力が落ちているときに、あらたな事故や病気に見舞われる絶体絶命の様子をあらわしています。不幸せな出来事が連続して起こる…あまり遭いたくない悲運な状況をたとえたことわざです。

弱り目に祟り目の由来

弱り目に祟り目ということわざは、日本生まれの格言です。具体的にどの書物から取られたもの…という確証はなく、日々のライフスタイルの中で自然に生まれた言葉と受け止めるのが良いでしょう。弱り目の「目」はボディの瞳をあらわした言葉ではなく、落ち目などと同じように物事の下降をあらわす単語です。心身が弱っているときに、神さまの祟りに遭う…という意味が発展して、不幸なときに不幸が重なるという意味になったと伝えられています。

弱り目に祟り目の文章・例文

例文1.会社の業績が悪いときに不祥事が明るみに出た、弱り目に祟り目だ
例文2.数学で悪い点を取ったら、理科も同様に悪かった。弱り目に祟り目だね
例文3.風邪の治りかけに弱り目に祟り目で、インフルエンザを患ってしまった
例文4.弱り目に祟り目とならないように、ピンチの時こそ前に進むことが大切だ
例文5.上司にミスを指摘され、取引先との商談も失敗した。弱り目に祟り目とはこの事だ
弱り目に祟り目とは不幸に不幸がダブルでおそう、悲しい状況をあらわしています。ひとつ不幸が訪れたときは二の舞にならぬよう、より一層気を引き締めることが大切なのかもしれません。

弱り目に祟り目の類義語

弱り目に祟り目の類義語として、泣きっ面に蜂・虎口のがれて竜穴にはいる・踏んだり蹴ったり・一難去ってまた一難などの言葉があります。どの言葉も、人生であまり遭いたくないマイナスの言葉ばかり。このようなダブル不運に見舞われないように、慎重に生きたいものです。

弱り目に祟り目まとめ

弱り目に祟り目には、気落ちしているときにさらなる悪いことが訪れる、最悪の状況をあらわしています。不幸は単独で訪れることもあれば、連続して訪れることもあります。ひとつ悪いことがあったら「これで終わり」と安心するのではなく、次に同じような失敗を繰り返さないように、問題点を洗い出す努力も重要です。弱り目に祟り目には、私たちが学んでおきたい人生のエッセンスが、幾つも込められています。

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