弘法にも筆の誤り

弘法にも筆の誤りとはことわざの一種です。知らない方からすると弘法って誰?筆の誤りって具体的には何を誤ったの?と様々な疑問がわいてくるかと思います。では具体的にその疑問を解決していきましょう!

弘法にも筆の誤りの意味とは

弘法にも筆の誤りとはどんな優れた人でも失敗することがあるというたとえです。

弘法にも筆の誤りの由来

弘法大師という昔の書の達人が京都の応天門に掲げる文字を書くことを依頼された際、立派な見事な字は書きました。しかし、書かれた文字の「応」の字の点が一つ足りないことを見に来た人たちが気付き、弘法大師でも字を誤るつまりは書き損じをするのだと驚いたという説話が由来になっています。

弘法にも筆の誤りの文章・例文

例文1. 彼が失敗するなんて本当に弘法にも筆の誤りだ
例文2.いつも失敗しているあの人の場合は弘法にも筆の誤りとは言い難い
例文3.落ち込むな、弘法にも筆の誤りというじゃないか。そんな日もあるさ
例文4.弘法にも筆の誤りだ、次は同じ過ちをせずにしっかりやってくれ
例文5.弘法にも筆の誤りだ、いつも一生懸命なあの人を責めることはやめよう
以上のように、弘法にも筆の誤りとはどれだけ優秀な人であってもミスはするものだという意味で使います。ちなみに由来となった弘法大使こと空海は書き損じに気付いた応天門側が一度飾ってある字を額から外し、彼に改めて点を書いてもらおうと頼んだ際、彼はそのままでいいと門の上の額に向けて筆を投げて見事点を打ち込んだことで汚名を払拭したそうです。

弘法にも筆の誤りの類義語

弘法にも筆の誤りの類義語には「河童の川流れ」「猿も木から落ちる」などその行動が得意とされる獣や妖怪そして弘法大使のように有名な人物が扱われる場合があります。国内外問わず、さまざまなパターンが存在しとても類義語が多いことわざです。グローバルなことわざなんですね

弘法にも筆の誤りのまとめ

人生に失敗はつきものです。弘法にも筆の誤りはそれだけすぐれた人物でも失敗することがあるのを知り、安心したいという人間のごくごくありふれた心理を突いた言葉なのかもしれません。皆様も失敗したときはこのことわざを思い出し、まずは心を落ち着けて冷静に失敗を顧みて次やその失敗を挽回できるように頑張ってみてはいかがでしょうか?

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