八方塞がりの絶体絶命の状況

八方塞がり

人間は生きていると、何をしてもダメな時や、どうしてこんな状態になったのかわからない程の窮地に立たされることがあります。自身の悪事の積み重ねの結果であればともかく、何事も無いようにしていても起こりうることです。今も昔もそんな人達は多く、もうできることがない事態を「八方塞がり」と呼ぶようになりました。ここではその「八方塞がり」についての詳しい意味と用例、由来について解説していきます。

八方塞がりの意味とは

「八方塞がり」(はっぽうふさがり)とは、どのような手段もなく、どうしようもなくなってしまうことを言います。またどのような対応をしても、解決する見込みが立たない状態を言う言葉です。どこにも抜け道がなく、誰にも信用されない、すでに悪いことが起きていて、なおかつ修復できない状態をイメージすると、状況がわかりやすくなります。

八方塞がりの由来

元々は陰陽道に置いて「どの方向に行っても不吉な結果になること」を言います。この意味が転じて「どのような手段を取ることも出来ずにどうにもならない」という意味になりました。陰陽道の結果であれば物忌みをしたり、お祓いを受けたりと避けることが出来るのですが、仕事などで八方塞がりになってしまうとどうすることも出来ません。

八方塞がりの文章・例文

例文1.日々の態度がたたって、八方塞がりになってしまった
例文2.知らない土地で一人で迷子になり、八方塞がりになってしまった
例文3.八方塞がりのこの状況を、どうにか乗り越えたい
例文4.今八方塞がりだからといって、やけっぱちになるのはどうだろう?
例文5.八方塞がりなのは自業自得だから、諦めなさい
精神的な部分だけでなく、例文2のように物理的な点から「八方塞がりになる」ときも使うことが出来ます。しかし言葉の性質上、精神的な面や状態に関して言う場面が多い言葉です。また自業自得のような、普段の行いが良くないという言葉とセットにして使われることもあります。

八方塞がりの類義語

八方塞がりの類義語としては、「四面楚歌」や「孤立無援」「背水の陣」が挙げられます。完全に周囲の応援も得られず、自身の力のみで乗り切らなければならないが、乗り切ることが出来る状態でもないという状態を表現しています。四面楚歌は有名な漢文「史記」から作られた四文字熟語ですので、八方塞がりよりは耳に馴染みのある人も多い言葉です。

八方塞がりまとめ

八方塞がりには、実はきちんと開けられている方角もあります。それは天であり、まさしく「天命を待つ」時でもあります。八方塞がりというと、もう絶体絶命の状態と考えがちですが、少し視線を変えることでピンチがチャンスに変わることもあるのです。八方塞がりの状態になってしまっても、可能性は零にはなりません。

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