「集団就職」の使い方や意味、例文や類義語を徹底解説!

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集団就職(しゅうだんしゅうしょく)

「集団就職」は、現在の団塊世代などには懐かしい言葉ですが、それ以外の特に20代など若年世代は通常の就職と何の違いがあるのか分からないですよね? 昔の有名な言葉を知ると、当時の時代背景なども窺えるので、今回は古き良き日本の就職の形だけでなく、高度経済成長に入っていく過程で一人でも多くの労働者を必要とした「集団就職」について、解説をさせて頂きます。

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集団就職の意味とは

「集団就職」の意味は以下の通りとなります。
 (1)1950〜1960年代にかけ、主に地方の中卒・高卒の大勢の若年労働者が、東京など都心で一斉に就職をする事。
 (2)第二次世界大戦前の1930年代にもあったが、一般的には1950年〜1960年代の都心部は、大規模工場や飲食店などは大量の人材確保が命題で、そこに地方の中学や高校を卒業したばかりの若年層が貴重な労働力として送り込まれた。
「集団就職」は当時の時代背景として、様々な事情が見事に合致して特別な就職の形となりました。戦前にも「集団就職」はありましたが、現在は一般的に戦後の1950年代〜1960年代についてとなります。この頃は、日本が高度経済成長に入り、中でも東京や大阪など大都市は工場や飲食店、さらに一般企業も急激に増え、どこも人手不足に陥っていました。さらに、この当時は大都市は栄えているが、地方は人口が多くても仕事は農業などしかありません。中学や高校を卒業したばかりの主に男性は、都会に出て仕事に就くのが半ば常識でした。特別な学力がなくても、工場などの単純労働は働き手を必要として、給料も地方より多いので生活に苦しい若者が家族を楽させる為に、「集団就職」の道を選ぶシステムが完成されていました。また、当時は中学は義務教育ですが、生活が苦しい家庭の場合は子供を高校進学させる事はできないので、「集団就職」は中学卒業と同時という状況も大変多かったのです。

集団就職の由来

言葉としての「集団就職」の由来は不明です。しかし、第二次世界大戦前からあったとされるので、1939年以前から用いられた就職スタイルであると判断できます。また、アメリカなど外国では取られない日本独自の様式で、そこには戦後の復興や経済成長、人口が多かったこと、都心部だけ近代化した事などが複雑に絡み合って、このような状況を作り上げたようです。

集団就職の文章・例文

例文1.集団就職のため、地方では臨時列車が運行されるのも珍しくなかった。
例文2.列車以外にもフェリーが集団就職に為に臨時で運行された。
例文3.あゝ上野駅という曲は、集団就職の哀愁を物語る名曲だ。
例文4.集団就職をした若者で成績優秀者は、定時制高校や通信制高校に通うようになった。
例文5.集団就職が日本の高度経済成長を支えたのは、間違いない。

「集団就職」の当時の背景を解説する例文となります。

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集団就職の会話例

  • 戦後の復興を支えたのは、当時の若者による力が大きかったんだね。

  • そうだよ。だから、日本は敗戦国なのに、あっという間に先進国の仲間入りして、今の経済大国になったの。

  • その元となった集団就職の力も大きいよね!

  • 当時の若い人が、地方を離れて都会で仕事をする。寂しかったり辛くても、頑張る人が多かったんだろうね。だから、お年寄りには優しくしないとダメだね。

「集団就職」から最後はお年寄りを大事にしよう、とする会話内容です。

集団就職の類義語

「集団就職」の類義語には、「金の卵」「若年中卒労働者」などの言葉が挙げられます。

集団就職まとめ

「集団就職」は、1950年代から1960年代にかけて、地方の中学や高校卒業した若者が東京など都心で一斉に、集団的に就職をする現象です。地方は仕事があまりなく、給料も安い。一方、都心は様々な仕事が溢れ給料も高い。何より、政府も率先して、若者を都会に送り込むよう積極的だった。しかし、1970年代には地方の労働環境が整い、都会が中卒者をそこまで欲しないなどいくつかの要因も重なり、「集団就職」は姿を消して現在に至ります。

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